感じたままを軽やかにリズムに乗って描く
絵師の木村英輝氏をご存知でしょうか。
京都都立芸術大学を卒業後、日本初のロックフェスティバルを企画するロックプロデューサーとして数々のイベントを手がけ、その後60歳を前に30年ぶりに絵師の世界へ戻り今では、京都を中心に壁画などを描き続けています。
京都・祇園の八坂神社の真ん前にショップとアトリエがあるのをご存知の方も多いでしょう。
ロック魂が入った壁画の数々は京都の街を歩く人々の目を釘付けにしているのです。
木村氏は小さい頃から絵の才能があったようで道路上に大きく絵を描くと人々に天才だと褒められ、上手く絵を描く子供として誰もが知る存在だったとか。
その頃のことを、木村氏はこう話しています。
感じたままを軽やかにリズムに乗って描く
「ほめられたから描いてたんや。ほめられることが好きやってん。人に喜んでもらうのが一番好きや。そのためにはカッコよく、面白いものを描かないかん。それがずっと僕のテーマになったんやね。あの頃のほめられた快感が、今でもフラッシュバックすることがある。原点はそこやね。」
1969年、日本初のロックフェスティバル「TOO MUCH」を成功させ日本でロックイベントを仕掛けられるのは木村英輝しかいないと、その名を海外にまで広める存在になった木村氏。
「カッコよければカッコいい。面白いもんは面白いと言えるニューヨークに棲みつこうと思ったんやけどな。ニシンそばが食べられへん、ハンバーガーばっかりの一生はイヤやと胃袋が抵抗したんや」
食べ物に負けて京都に戻ってきた彼はその後30年間、ロックプロデューサーとして活躍します。
しかし60歳を目前にして、幼い頃に天才と褒められた絵を描くことを再びやりたくなったのだそうです。
まっすぐに感じたままを軽やかに自由自在にリズムに乗って描く、というスタイルが彼の絵です。
「アクリル絵の具はエレキギターと同じや。ガーッとリズムで描いて、すぐ乾いて、上にまた塗っても大丈夫!」
生きざまも、絵を描くさまも、全てがロックンローラーですね。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。参考になれば幸いです!
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